個人的な所感、思想が偏った人間による無責任な文章なので話半分くらいで聞き流してください。
改めて最近感じたことですが、お葬儀するときの「お経とか焼香とかってなんか…この時間意味あるの?」と感じている人、若年層に!多い!
当たり前ですね。そういう機会がないですものね。
20そこそこくらいでも「葬儀に出席するのは初めて」という方も多いでしょう。
まあ葬儀に触れる機会なんて少ない方がいいに決まっているんですが。
かと言って葬儀は避けては通れないことでもあります。
ここでいきなり私個人の話をします。
自分は子供のころから何かと法事や墓参りに連れていかれることが多く、意味が分からないままとりあえず一生懸命お経を読んだり、大人の真似をして焼香したり、言われるがままにお墓の前で手を合わせてきました。
子供の時に何度もやらされてきたことなので、大人になった今でも習慣として残り、法事は減りましたが機会さえあれば墓参りは必ず行くようにしています。
じゃあ今、大人になった自分がお経の内容が理解できるのかと問われれば、当然わかりません。
本当に、未だに半分も、なんなら1割も理解できないままお経本を読み上げています。
こんな仕事をしていてもさすがに100はわかりません。
というか我々は宗教者ではありませんし。
じゃあやっぱりお経とか焼香とかって意味なくない?と聞かれたら、それは違うと言いたい。
お墓の前で手を合わせるとき、自分に繋がる祖先に気づきます。
そうすると自分から繋がっていく後の子孫にも気づきます。
これは決して血縁だけの話ではなく、友人のこと、恩人のこと、縁のある人のことを思うと、また別の縁に気づくことができると思っています。
仏教に限らず、多くの宗教は長い歴史のあるものです。
自分の縁の先にいる人、それから後にいる人も同じことを繰り返していく。
読んだお経の先、焼香の先に、縁をつないだ人が自分も知らない人も含めて数珠つなぎにずっといて、間に私がいて、そのあとも続いていく。
そう思えたらなんだか「希望」って感じがしていいなあ~って思ってます。私は。
もちろん、宗教的な意味が分かった方がいいに決まっています。
でも分からないなりに経験していく中で自分で思ったこと言っちゃお~となったのが今日のブログの内容です。
なので話半分で聞き流して忘れてくださいね。
この国では宗教の自由と思想の自由、言論の自由が憲法で保障されています。
ありがたいですね。
平安会館・文十鳳凰殿
久保 優里香
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